怒りではなく、優しさに
米国のパワー国連大使は、人質事件の犠牲になったフリージャーナリスト
後藤健二さんらの活動を紹介し、功績をたたえた
「ケンジは紛争を伝えることに人生を懸け、賞を受けた子ども向けの著書
『ダイヤモンドより平和がほしい』では、シエラレオネの元少年兵の物語を伝えた」
と述べた。
外国では、彼の功績をたたえる人々のニュースが多い。
一方日本では、ネット等で後藤さんに対して厳しい書き込みがある。
自己責任が90%近く、迷惑だ、の声が多い。
勝手に行った人を税金で助ける必要はない。
後藤さんを残酷なほど怒り、憎んでいるようだ。
また、本人の過去を暴き、家族や身の回りの人までも悪者に仕立て上げている。
匿名だけでなく、週刊誌までも書きたてている。
なぜ彼に、そんな意地悪を言えるのか?
その言葉の暴力は、残忍な殺人集団イスラム国と同列ではないか。
彼を、なぜそこまで感情的に憎む必要があるのか?
同じ日本人として悲しく、恥ずかしい。
2万回を超えた有名なツイート
「目を閉じて、じっと我慢。怒ったら、怒鳴ったら、終わり。
それは祈りに近い。憎むは人の業にあらず、裁きは神の領域。
そう教えてくれたのはアラブの兄弟たちだった」(22年9月7日)
以下は彼の出身校である法政大学学長の言葉
「いかなる理由があろうと、いかなる思想のもとであっても、また、
世界中のいかなる国家であろうとも、人の命を奪うことで己を利する行為は、
決して正当化されるものではありません。
暴力によって言論の自由の要である報道の道を閉ざすことも、
あってはならないことです。」
この後も、心に響く言葉が続く。
http://www.hosei.ac.jp/gaiyo/socho/message02.html
春はそこまで




