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東北(2)

2016/10/12


 

津軽海峡冬景色で有名な竜飛岬。
上下左右から一年中風が吹き荒れている竜飛岬。

 

青函トンネル工事中は
ここに学校や病院、役所が建設され一つの街になっていた。
ザ・公共事業で一時は賑わっていたらしいから
公共事業も経済効果があった時もあったのだろう。
今はすべて取り壊され、観光地となっているが、訪れる人は少なく閑散としている。

 

貧乏な過疎の最北の地、津軽半島。
人は殆ど見当たらず、ひっそりと悲しげだった。

 

厳しい自然条件のもと、農業や漁業に従事する若者は減る一方。
みな都会に出て行くのだろう。
でも都会に出たところで満足な生活が待っているはずもなく、
末路は憐れなものではないか。

 

物を作って売って、資源を減らし、地球を汚し、
都会に溢れる儲けることが第一の経済偏重。

 

経済成長と呪文のように唱えている人々は
人間の本質的のところが、全く見えていないのではないか。

 

みながITや製造業に従事し、
畑を耕す人が居なくなったらどうなるのだろう。

 

食が肝心要、
土地を肥沃にすること、
農業・林業・漁業等に光を当てること。
それをしないと、日本の将来は無い。

 

都会のネオンの喧騒がひどく空疎だ。
あの不毛な大地に立って、明日の事を考えよう。

 

経済成長幻想は終焉を迎えているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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東北(霊山から原発まで)

2016/10/07


 

先日、初めての本州最北端に行った。
八戸から恐山へ、マグロで有名な最北端の大間岬、竜飛岬と、
下北半島と津軽半島を網羅し、青森駅から帰京した。

 

奥入瀬や弘前の桜は観光客にも人気で賑わっていた記憶があるが、
初めての半島は、寂れに寂れていて物悲しかった。
見捨てられた地の果て感。

 

始めに向かったのは霊場恐山。
八つの山に囲まれた宇曾利湖の白浜は極楽に、
火山ガスの排出する岩肌は地獄に例えられ、
この世とあの世の境目と云われている。
硫黄ガスが噴き出す荒涼とした賽の河原に風車がカラカラ回っていた。

 

宿坊は新しく清潔で、
磨き抜かれた朱色の器に入った精進料理はどれも自然の風味満点、美味しかった。
一堂に会した食堂で、白人の青年がひとり、黙々とお箸を使って食べていた。

 

彼はタスマニア生まれ、メルボルンで働いている25歳。
函館に始まり比叡山延暦寺まで、3か月の霊山めぐりをしているとのこと。
恐山の次は出羽三山に行くと言う。
興味を持ってくれて、日本人を代表してありがとう。
何だか嬉しい。

 

恐山を後に、長い間の風雪で作られた巨大岩の数々の仏ヶ浦を通り、
本州最北端、マグロで有名な大間へ。
大間マグロは美味しかった。

 

そして大間原発。
ガイドさんが複雑な胸の内を明かした。

 

“色々考えはあるし住民の中でも賛否両論。
でももし、大間原発が第2の福島になったら、
30キロ圏内、私たちはみな、この半島を捨てなければいけない。“

 

「あさこハウス」
原発の炉心から300mにある民家。
用地買収に決して応じなかったあさこさん。
68歳で突然亡くなり、現在は娘さんが継いで戦っている。

 

荒涼として何もない北の果てに、好都合とばかりに、
飴と鞭で住民を翻弄し、原発を誘致する。
あまりに酷すぎ、悲しすぎる。

 

都会に住む者は、決して他人事と思ってはいけないと思う。

 

 

 

恐山

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仏が浦

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大間

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Native Speaker

2016/09/23


 

時々、電話の問い合わせで、

「先生は全員nativeですか?」

「子供時代から30年くらい外国に住み、nativeより英語が上手な先生もいます。

そういう場合は、nativeと言いますが・・。」

「分かりました。・・・・」電話が切れる。

 

30年前、リッチモンドスクールを始めた頃は、
“外国人の講師”を唱っていた。
世の中の風潮として、“外人=青い目・白い肌”が英語の先生だった。

 

現在、リッチモンドスクールの英語講師は英・米・加・と日本人が二人いる。

 

H先生は、小学校がアメリカ、高校がアメリカ、フィリッピン、
その後、外交官のご主人と、ロシア、インドネシア、フランス、
30年以上、外国滞在、大学は日本のため教師免許も持っている。

 

文法・ニュアンス・発音・日本人の苦手箇所の把握・知的レベル、
何れをとっても勝っている。

 

また、もう一人のL先生は、W大学の学生。
日本生まれの日本育ちのブラジル日系五世。
教育はアメリカンスクール。
頭脳明晰・明瞭闊達・責任感・何をとっても卓越した能力を持っている。

 

二人ともまったくnativeに劣らない、むしろ優れている。

 

以前、チャイニーズフェースの講師を生徒さんに説明するとき、
“マレーシアンチャイニーズのオーストラリア人”と言ったら、
”オーストラリア人だけで良い“と、それを聞いていたアメリカ人に注意された。

 

アイデンテイテイーの問題ということなのだろう。

 

大分改善されたと思うが、
英語を学ぶのは、肌の色や容姿・国籍・何々人という事に拘る人がまだ居る。
優れた人・劣った人は国に関係ない。

 

昨今、ダイバーシテイーに対して後退しているようだ。
そういう事がヘイトスピーチにも繋がると思う。

 

 

 

 

夏の名残

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灼熱の夏の終わりに

2016/09/14


 

元来、身体は丈夫な方で

食べ過ぎ、飲み過ぎで具合が悪くなる程度だったが、

今夏は、違った。

 

激しい嘔吐に始まり、腹痛から腰痛、頭痛、多発した口内炎に、

すっかり体力を消耗してしまった。

 

何らかの菌に感染した結果らしいが、

これが世にいう夏バテなのかしらと嘆いていた。

 

また、悲しいかな、年と共に回復力が遅く、

免疫力も低下したまま。

 

そうなると、やる気も起こらず、ますますlazyに。
気力体力の戻りは、涼しい秋を待つばかり。

 

ここで天皇陛下を持ち出しては失礼だが
体力の衰えは抗えないもの。

 

「生前退位」の英訳抜粋の説明を、ロバート・キャンベルさんが新聞で述べていた。

 

英文は、原文より鮮明な意思表示になっていて、
陛下の考えや苦悩が海外でも理解されるだろうと説明している。

 

In coping with the aging of the Emperor.
I think it is not possible to continue reducing perpetually
the Emperor’s acts in matters of state and his duties as the symbol of the State.

 

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、
その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、
無理があろうと思われます。

 

 

It occurs to me from time to time to wonder whether it is possible to prevent such a situation.
こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。

(宮内庁の英訳文から)

 

今週は涼しくはなったが、
多発する台風の影響で雨が降り続いている。

 

爽やかな秋晴れが待ち遠しい。

 

 

 

 

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リッチモンドスクール名簿No.1

2016/08/29


 

リッチモンスクールの名簿NO.1はProf.M.
先生は、英国の大学病院に留学していたので、英語は問題ない。
でも、リッチモンドスクールを開講した時、
ご祝儀だと仰って、入会金をお払い下さった。
なので、生徒名簿は一番。

 

その後、J大学病院小児外科の先生方が続いている。
当時、先生方は殆ど、research fellowとして海外の大学病院に研修に行ったため、
留学前にリッチモンドスクールを利用して下さっていた。

 

Dr.Mが最初に英国に留学した時は、45,6年前、
先生の勤務していた病院には
まだ、日本人を見たことが無かった人が殆どだという。

 

また、戦争による嫌日の人、
黄色人種(近年聞いたことが無いが)に対しての差別。
たった一人の日本人ドクターとして孤独の闘いの中、
自身の立ち位置を確立した。
今では考えられない環境でも
英国生活をエンジョイした。

 

彼の英語は勿論素晴らしいが、
ガンガン通じさせる強引な英語。

 

数々ある彼の語録、
“私は、『ハートでしゃべる』から上手いと云われるのだ”と
若い先生たちに訓示していた。

 

少々の間違えは気にせず、
話したいことが溢れ出て、聴き手の心を揺さぶる。
まさに心が話している。

 

追:
英国滞在1年後に奥様とお二人のお子様がいらして、
飛行場でお会いになった時、
“俺の女房はこんなにブスだったのかと、また、モンゴルの子供が来たかと思った”と
仰っていた。

 

彼女は大変お綺麗な方で、お子さん達もとても可愛いのに。

1年ぶりに見る日本人のその平らな顔をみて、
高い鼻に慣れすぎたからだとか・・・。

 

 

 

 

 

 

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生徒さん

2016/08/19


 

私がリッチモンドスクールを始めてすぐ、
知合いの制作会社の若い女の子が2・3人で「英語を習いたいんです」と
キャピキャピやって来た。

 

その中の一人が、思いっきり明るいMちゃんだった。

 

暫くして会社も英語も辞め、
4・5年経った頃、突然電話があり、少し大人になったMちゃんと再会。
「また、ご近所になりました。会社で英会話をやりたいので、出張して下さい」と
有難い申し出を頂いた。

 

その後、紆余曲折、
大学にも行き、子育ても立派にし、様々な事に挑戦し、
会う度にどんどん大きくなっていく。

 

先週、彼女の習っている教室のsummer Concertに行った。
キャッツを英語で、ラ・ボエームはイタリア語で、堂々と唄った。
彼女らしい素直さで清らかさ溢れる歌唱。

 

始めはドキドキしながら、聴いていたが、
途中から、彼女との想い出が甦えり、
また、自分が歩いてきた過ぎ去った出来事に思いを巡らし、
歌声に遊びながら、胸がいっぱいになった。

 

コンサートで
個人的に感動したのは、
ちょっと年配の方が、「世界の平和を願って一生懸命歌います」と歌う前に異例の挨拶。
『死んだ男の残したものは』を歌詞をかみしめるように歌った。
彼女の平和の思いに心からの拍手を送った。

 

いつも全速力で前を向いて走っているMちゃん。
ひたむきで健気で、
その一生懸命さは、どこか人の心を和ませる。
また、周りを爽やかなエネルギーに包む。

 

明日はダマスクローズの薔薇のグループ展を観に行く。
今年の8月はどっぷりMちゃん月だ。

 

成長し続けるMちゃん、来年は何を見せてくれるのだろう。

 

 

 

 

 

 

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日本の良心

2016/08/10


 

Japan’s Emperor Akihito hints at wish to abdicate.  BBC

 

天皇陛下が退位したい意向を述べられた。

 

日本中が(と言っていいほど)テレビの中の天皇陛下のお言葉に聞き入っていた。
天皇陛下のお気持ちが素直に伝わり、
「もうお休みください」と言う気持ちになったと思う。

 

被災地への旅、
贅沢な感じとは程遠いお二人の身なり、
背中を丸め、板の間に膝をつき、人々の話を聞いて回るお姿は、
いつ見ても胸が熱くなる。

 

慰霊の旅では、
南方の暑い地で正装し、長い間深く頭を下げられ、
ご自身のお立場を懺悔するようなお姿もまた
感動的だ。

 

守り続ける宮中祭祀、
日本古来からの伝統を受け継ぎ、次世代へ継承し、
未来永劫、日本国が続く限りその責任を負う。
ある意味がんじがらめの宿命を背負う。

 

また、そのためには、
確固たる象徴天皇としての姿勢を貫く。

 

ともすれば右寄りに傾きつつある日本を憂慮し、
政治利用されないよう、
象徴天皇としてのお立場で出来うる限り、
日本の平和を願っている。

 

お二人の無私の優しさは
キャッチボールのように日本中を優しさに包みこむ。

 

ある新聞では、美智子妃殿下は日本で最も人気のある女性だと言っていた。

 

このような清らかな美しいお二人の姿は

キナ臭くなった世の中の最後の砦。

 

お二人は、日本の善意・良心だと思う。

 

 

 

 

 

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憎悪犯罪

2016/08/05


19人もの人が亡くなった障害者施設相模原殺傷事件。

 

欧米では、憎悪犯罪の場合、
普通の犯罪に比べて社会全体の価値観に挑戦する側面を持っているため
量刑が加重されるという。

 

彼の、何か根本が欠落した常軌を逸した行動は、特殊なのだろうか?

 

最近の、生産性と効率が第一の社会。
弱い者や、自分と異なる人に対しての虐め・差別。

 

ヘイトスピーチ、ネトウヨの存在など、
身体の芯が冷たくなるような憎しみの言葉。

 

善と悪の境界線のあやふやさ。
社会的秩序の崩壊。

 

そのような風潮が普通の人を犯罪者に仕立てるのではないか。

 

また、マスコミで時代の寵児のように、もてはやされている人の、
心のブレーキがかからない物言いが、
若者には違和感なく受け入れられている。

 

私にはモンスターが喋っているとしか思えない。

 

障害者を持った母親から障害者に向けたメッセージ
『・・・・障害のある人もない人も、私達には一人ひとりが大切な存在です。
障害があるからと言って誰かに傷つけられたりすることはあってはなりません。
もし誰かが、「障害者はいなくなればいい」なんて言っても、
私達達家族は全力でみなさんのことを守ります。
ですから、安心して、堂々と生きてください。』

 

報道ステーションでこのメッセージを読んだ小川アナウンサーが
思わず声を詰まらす場面を見て
胸が熱くなり、相手を思いやることのできる普通の若者もいるのだと安堵した。

 

 

 

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昭和はますます遠くに

2016/07/22


 

大橋巨泉が亡くなった。
永六輔に続いて、戦争を経験している人々が次々に亡くなり、
平和が遠のくような焦りを感じる。

 

昨年、愛川欣也、野坂昭如が亡くなり、
昭和をリードしていたカッコ良い男達がいなくなってしまった。

 

若い時の私の印象では、決してカッコ良いとは思わず、
彼らは奇妙な不良おじさんだったが。

 

野坂昭如が亡くなった時もブログで書いたが、
不真面目さを思いっきり真剣にやり、
昭和の文化を築いた才能豊かな人々。
何事にも筋を通す強い精神力を持った男性たち。

 

男は黙って力持ち、
男の優しさ、我慢強さ。
全てを引き受ける包容力。
心底真面目なちょっと泥臭い昭和の男。
カッコよく時代を切り開き生き抜いた彼ら。

 

彼らは後年、猛烈に平和を希求した発言を繰り返していた。

 

若者が戦場に行って死んでいく。
そんな戦争を二度と起こしてはならない。

 

戦争がどんなに悲惨か、身を持って経験したからこそ、
紡ぐことが出来る含蓄のある言葉。

 

また、テレビの一時代を作った人として、
報道の自由や言論の自由にも強い危機感を抱いていた。

 

先達がいなくなってしまい、
この先私たちは何処に向かって行くのか。

 

抗う事の出来ない大きな渦に巻き込まれていくようで、
底知れぬ恐怖を覚える。

 

 

 

 

 

 

窓を開けると逃げる。食事だけ欲しいのね。

 

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選挙

2016/07/13


 

参議院選が終わった。

 

年を重ねるに従ってこの国の行方が気になる。
平和で安心できる社会を作るために、
人々のためを第一に考えられる人に
まじめに政治に向き合う人に
投票したいと思っている。

 

新聞や本を読み、SNSをチェックし、
沢山の人と話し、様々の情報から自分なりに分析して選ぶ。

 

自分としては、決して偏ってはいないと思うが、
私が選ばなかった党や人に投票した人に、理由を聞いてみたいし、
私も選んだ党や人を何故選んだか、その理由を言い合い、
双方の意見を戦わせたい。

 

我々市民レベルでも意見を戦わせ、
お互いに理解し合えたら素晴らしいと思う。

 

ある新聞記者がイスラエル軍の取材で、
若い広報官が大幹部の説明の「間違い」を正すことがあり、
それに対し、笑顔で「ありがとう」と言ったという。

 

今の日本は全て右へ倣え、
異議を唱えられない状況になっている。
反対意見を戦わせてこそ、
成熟した社会になると思うのだが・・・。

 

“この道が正しい”は
freedom and diversity、自由と多様性の中で
意見を戦わせた結果であらねばならない。

 

 

 

 

 

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